fbpx

首都直下型地震に備える、火災から命を守る「防火樹林帯」

関東大震災に学ぶ、生死を分けた避難場所と防火樹林帯

樹木により火災を免れた観音堂と五重の塔/浅草寺及び浅草公園

樹木により火災を免れた観音堂と五重の塔/浅草寺及び浅草公園

96年前の9月1日に発生した関東大地震では、犠牲者の90%が「焼死・熱傷」でした。当時の農商務省山林局は、9月21日からの3日間、火災全域を調査し、避難場所となった公園、社寺境内、学校、私庭などの広場の樹林について防火力及び耐火力の概略を調査しました。ここでは、避難場所における防火樹林の有無が生死を分けたこと、そして樹種について一部紹介します。当財団が植樹し進めている「いのちを守る森づくり」の基本として学ぶべき過去の震災の調査記録です。

本所被服廠(ひふくしょう)近くの本所安田邸

本所被服廠(ひふくしょう)近くの本所安田邸

当時、軍服を製造した施設の跡地であった本所被服廠跡は、樹木も建物も無い広域な更地だったため避難する場所としては絶好と思われましたが、周辺から炎が敷地を這うように舐め、荷物や衣服に引火し、ひとたまりもありませんでした。火は火災旋風となって人々に襲いかかり、わずか1時間で3万8千人が亡くなられたのでした[1]。なぜこのような惨事が起きてしまったのか。

吉原公園の惨事

吉原公園の惨事

震災後の調査結果では、火災から逃れる安全な避難場所となるための最も重要な条件は面積であり、3万坪(約10ha)以上は安全だが、1万坪(3.3ha)以下は危険と判定され、中間(1〜10ha)には安全と危険とが混在するとされました。
また、周囲に防火樹林のある空地が、焼け止まりに大きく関与しており、防火樹林は、その密集する枝葉により、火の粉や熱風を遮りこれを消火し火災延焼を防止したということです。

  • 防火力が大きい樹種から列記
  • 高木・亜高木/シイ、イチョウ(落葉していない時期)、シラカシ、タブノキ、カシワ、ツバキ、モッコク、アカガシ 他
  • 低木/マサキ、アオキ、ヤツデ 他
芝公園の焼けなかった森

芝公園の焼けなかった森

深川岩崎邸の火災から2万人の避難者を守った樹木(現在の清澄公園)

深川岩崎邸の火災から2万人の避難者を守った樹木(現在の清澄公園)

関東大震災の避難場所の面積と安全性

関東大震災、避難場所の面積と安全性

3万坪(約10ha)以上、樹木もあった上野公園、芝公園、浅草公園、宮城前広場、日比谷公園では、四面を猛火に包まれても避難者を安全に収容したという報告もありました。一方、中間(1〜10ha)には安全と危険とが混在し、生死を分けたのは「防火樹林」の有無が大きいとされました。同じような面積であった深川岩崎邸とそこから約2kmほどしか離れていなかった本所被服廠跡(当時軍服を製造した施設の跡地)ではその差が歴然でした。(面積参考:東京ドームのグラウンド部分は1.3ha)

阪神・淡路大震災に学ぶ

阪神淡路大震災。炎上する市街地_JR新長田駅南西付近~鷹取駅付近

炎上する市街地_JR新長田駅南西付近~鷹取駅付近

現代の都市で地震が発生した場合、建物の倒壊はもちろんですが、二次災害としての火災も危惧されています。建築素材は年代により防火構造物が多くなっているとはいえ、密集市街地では延焼の危険があるとされています[2]。阪神・淡路大震災では犠牲者の9%が「焼死・熱傷」でした。出火は地震直後から翌日以降にも発生しました[3]。そして、関東大震災時と同様に、防火樹林帯が火災の延焼を食い止めました。

阪神淡路大震災。火災の延焼を食い止めた大国公園の樹林帯

火災の延焼を食い止めた大国公園の樹林帯。茶色くなっている部分は焼けた跡。

東京都豊島区に造られた防火樹林帯※

豊島区南長崎原っぱ公園の防火樹林帯/植樹から8年経過

豊島区南長崎原っぱ公園の防火樹林帯/植樹から8年経過

首都直下地震が発生した場合、犠牲者の70%は火災が原因と予測され、都心部の木造住宅密集地で火災が同時に多数発生するとみられています[4]。豊島区は日本一の高密都市で、13k㎡に26万人の住居があります。当初は「植えるところがない」という考えでありましたが、「植えるところがなさそうな豊島区だから意義がある」という宮脇博士の説得により豊島区の「いのちを守る森」づくりはスタートしました。現在では小中学校全校、公園、公共施設に造成しています。

豊島清掃事務所/植樹から9年経過。いのちを守る樹林帯は1m幅あればつくれます。

豊島清掃事務所/植樹から9年経過。いのちを守る樹林帯は1m幅あればつくれます。

大地震はいつ発生するのか。明日なのか50年後なのか100年後なのか、誰にもわからないからこそ、できるところからいますぐに「いのちから守る森づくり」を始めるべきだと副理事長の宮脇博士は言います。当財団で植樹し進めている「いのちを守る森づくり」は市民の皆さまと共につくっています。ご協力、ご参加をお待ちしています。

1923年関東大震災

1923年関東大震災後の調査報告書

※豊島区の森は宮脇昭博士の指導で植樹。当財団で植樹したものではありません。引用文献/田中八百八(1923)大正の大地震及大火と帝都の樹園 農商務省山林局/河田杰(1924)避難地としての公園及広場 土木学会誌/岩河信文(1984)都市における樹木の防火機能に関する研究 。[1]公益財団法人東京都慰霊協会 冊子「東京都慰霊堂誕生秘話」「忘れない。伝えたい。」/[2]国土交通省都市局都市安全課 HP「地震時等に著しく危険な密集市街地」について/[3]国土交通省近畿地方整備局 HP「阪神・淡路大震災の経験に学ぶ」[4]政府の中央防災会議の作業部会

公益財団法人 鎮守(ちんじゅ)の森のプロジェクト

〒105-0001 東京都港区虎ノ門3-7-2 虎ノ門372ビル 2階
TEL 03-6432-0085 / FAX 03-6432-0086