【植樹祭概要】
- 開催地:福島県南相馬市小高区塚原地内(海岸防災林)
- 緯度経度:(37°34’11.9″N 141°01’16.7″E)
- 開催日:2022年6月5日(日)
- 植樹本数:18,000本、21種類(この地域に自生する在来種、常緑高木/タブノキ、アカガシ、ウラジロガシ、スダジイ、シラカシ、アラカシ 落葉高木/カスミザクラ、コナラ、エノキ、常緑亜高木/ヤブツバキ、モチノキ 、シロダモ、ユズリハ、ヤブニッケイ、常緑低木/マサキ、ネズミモチ、ヒサカキ、トベラ、ヤツデ、アオキ 半常緑低木/オオバイボタ)
- 参加者:1000人(全国各地からお越しいただきました)
- この森は、20年ほどで大きな木々が生い茂る森へと成長し、大津波の再来時には津波エネルギーを和らげ、浸水域を減らし、避難時間を稼ぐなど命を守る防災林として役立ちます。
植樹前
植樹後
植樹祭は、東日本大震災で亡くなられた方々を追悼し、災害の教訓を後世に伝えること、さらには津波から命を守る防災林の構築を目指しています。令和元年の台風や地震、新型コロナの影響など困難がありながらも、多くの関係者の支援で継続されてきました。今回の植樹地の小高区はかつて原発事故で避難指示が出された地域で、今は地域課題解決に向けた活動が活発に行われています。参加者によって植えられる苗木は、「鎮魂の森」として、防災と記憶の継承の象徴として成長していくことが期待されています。
相馬農業高校〜!
記念すべき10回目の開催となりました。こんなに多くの皆さまに参加して開催するのは3年ぶりになります。当植樹祭は震災後の2013年からスタートしましたが、実は、南相馬市原町区では、宮脇方式による植生調査が40年以上前から行われています。(鈴木伸一 東京農業大学教授)
地元に最も適した森を作ろうというのが宮脇方式です。植生調査が始まった1970年代の日本は高度経済成長期で、どんどん森は伐採され宅地開発やゴルフ場が作られ、その中で宮脇方式の森づくりが進みました。そして今日では、津波への備え、SDGsに対応するように地球温暖化、異常気象など環境問題へと移り変わってきました。しかし、今も昔も変わらないのは、人と自然が上手に共存するため人間の未来のためということです。(中村幸人 東京農業大学名誉教授)
植生調査は震災直後も実施され、本日植えた主木樹種らが津波に流されず耐え残り、津波の威力を和らげていたことが調査により明らかにされています。
南相馬市沿岸部に自生する在来種、全21種類を植えました
南相馬市長
門馬南相馬市長は開会式の挨拶で「震災では636名の方が亡くなりました。市では慰霊のために、そして津波の教訓を絶対忘れないために、そして現実的にこの津波から命を守る森をつくるそのために開催しています。地元の広葉樹を混ぜて植えてきました。来年以降もまだまだ続けます。こうした活動を続け、後世に子ども達に命の大切さを伝えていけたらと思います。参加者の皆さまに感謝申し上げます。」と話されました。
撮影の一瞬だけマスクを外してくれたルー大柴さん
そして今日はなんと、植樹を一緒に盛り上げるために、ルー語でお馴染みのルー大柴さんがトゥギャザーしてくれました!マイク片手に各植樹ブロックを回り、ルー語、ルー節を炸裂させながらボランティアの皆さんをいじり倒して、賑やかな楽しい現場にしてくれました。ありがとうございます!!
薮からステック!(懐かしさを感じるルー語炸裂!)
3人兄弟!。ママは、縁の下のマッスルマンだね〜!
東京からありがとう!
千葉からありがとう!
植えるのは初めてっす。
イオン環境財団のみなさま〜
AIG法人会の皆さま〜
ワラを敷く作業はチームの連携がスムーズであるか試されます。みんなチームワークもバッチリでしたね!
そして今日は、1人15本植える換算の大作業でしたが、市役所職員で構成する植樹リーダーのおかげもあって、全体の作業も順調に進み予定通りに終了となりました。お疲れさまでした!
奥の木は、4年前に植えたもの4mほど。手前は、植えたての苗木。
3年後には、僕の背丈を苗木が追い越します。
南相馬沿岸部に自生する在来種
作業の後はお腹が減るよね〜
完売、おめでとうございました! 相馬農業高校!
また、次の植樹地でお待ちしています。 宮脇昭先生の植樹愛用品
この津波を緩衝するための「いのちを守る防災林」は、20年もすれば大きな木々が生い茂り、防潮堤としても一定の効果をあげることができます。この森が評価がされるのは100年後、いやもっと先のことかもしれません。しかし忘れられた頃にやって来る災害から、必ずや未来の人々、また大切な家屋などを守ることでしょう。
P.S.
植樹翌日に雨。一晩の降水150mm。斜面の崩壊は見当たりません。皆さんの丁寧な作業の賜物です。(植樹で使用した足場の畳は撤去前)