東京新聞・2017年3月9日 夕刊掲載記事のご紹介

【未来の子へ「緑の防潮堤」宮城・岩沼 3万人が植樹】
 千年先の子どもたちへ-東日本大震災の津波で百八十一人が亡くなった宮城県岩沼市の沿岸で、三十万本の木を植えて自然の防潮堤とし次の大津波に備える取り組みが進んでいる。土壌には人々の思い出を残す震災がれきを埋め、鎮魂や記憶の継承への願いを込める。(皆川剛)

航空写真
©写真提供:読売新聞社

 岩沼市が整備する「千年希望の丘」と名付けられた南北十キロに及ぶ公園だ。避難用の人工の丘を十五基造り、それをつなぐ園路沿いに植樹し「緑の防潮堤」とする構想。これまで延べ三万人の市民やボランティアがタブノキ、シラカシ、アカガシなど二十一種類、二十五万本の苗木を植えてきた。
 震災前、海沿いには塩害を防ぐ松林があった。八メートルの津波は横に張った松の根を引き抜き、建物に突き刺して人命を奪った。「地中深く根を張る高木を密植させれば、数十年、数百年の自然淘汰(とうた)で、津波に流されない強い森になる」。津波に倒されずその力を減衰させ、漂流物を押しとどめる。整備に当たっては、中国・万里の長城などで多くの植生指導の実績をもつ国際生態学会の元会長、宮脇昭さん(89)の助言を得た。
 園路は海からの高さ約三メートル、丘は約十メートル。いずれも津波堆積土やがれきをかさ上げに利用して造られた。削られた住宅の基礎や生活道路…。園内には震災前の痕跡が意図的に配置されている。「防災機能を備えながら、鎮魂の場でもあり記憶をつなぐ場でもある」と、菊地啓夫市長は話す。
 この一帯には震災前、四百七十一世帯の千八百八十三人が暮らしていた。老夫婦が畑を耕し、子どもは都市へ通勤する三世代の兼業農家が多かったという。
「ようやく新しい家を構えて落ち着いたら、お茶を飲みながらふと昔のことを思い出すようになった」。祖父の代から沿岸に暮らし、震災で内陸に集団移転した中川勝義さん(78)が、しみじみと語る。
 あれから六年。震災の記憶のない子どもたちが小学生になる。「あんなに大きな津波が来るなんて言い伝えはなかった。後世にどう記憶を伝えていくのかが課題です」

千年希望の丘の第1号丘

※宮脇昭は震災直後に「緑の防潮堤構想」を提唱し、後に『鎮守の森のプロジェクト』副理事長として活動を広めます。同プロジェクトは2013年当初から『千年希望の丘』を支援。苗木代や植樹資材費を寄付し、植樹指導をしています。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201703/CK2017030902000250.html

植樹光景2

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